2017年3月12日日曜日

阪大2次試験(2017) 問題(3): その0


いわゆる「高校数学」の勉強法や解法を適用したら、あっさり解けてしまうのかもしれない。しかし、解けたからといって、この問題の意図を十分に理解したことにはならないだろう。この問題は、無理数の意味を考える上で、とても面白い。

まず、この問題は√7が無理数であることから考えを始める必要がある。無理数と有理数の違いは、整数m, nの商によって表現できるか、できないかの違いである。つまり、有理数はm/nと表せる数なのに対し、無理数はそのようには表せないのである。√7は無理数だと問題で言っているので、√7 = m/nとなるようなm,nを見つけることはできない。

にもかかわらず、√7をm/nで(つまり有理数で)近似したい、というのが不等式(1)の意味である。こういうことは、電子計算機(つまりコンピュータ)のような限られたビット数で無理数を表現(近似)するときに必要とされる。物理学者は、円周率πやネイピア数eなど、無理数で記述される色々な自然現象を、計算機でシミュレーションするので、できる限り良い精度で無理数を有理数近似する方法には、興味があるのだ。

(1)式の右辺は√7と2つの自然数の商a/bの差である。このような差のことを誤差という。誤差が小さければ、a/bは√7の良い近似になっているといえる。

この問題で「誤差が小さい」というのは、右辺の2/b4で表現されている。関数y=4/x4は単調減少のグラフであり、x>1の領域でxが増大すると急速に減衰(damp)する。bは2以上の自然数だから、2/b4は1/8より小さい値を持つ。つまり、不等式(1)の意味は、「√7を有理数a/bで近似した時の誤差が、最大でも1/8程度で抑えられるような場合」となる。

次に、√7の値が2以上、3以下であることから、a>bでなくてはならないことがわかる。もしa=3bであるならば、a/b=3であるから、問題文で与えられた、√7の大きさを示す不等式から 0.354 < 3-√7 < 0.355が得られる。1/8=0.125だから、√7を3で近似するのはちょっと粗すぎる、ということになり、a/b=3という試みは不等式(1)を満たさないことになる。今度はa/b=2としてみる。すると 0.645 < √7 - 2 < 0.646、つまり|√7 -2| < 0.646となって、精度はもっと悪くなってしまう。

ここで、誤差の意味合いをはっきりさせるために、δ=√7 - 2という量を導入しよう。これは√7の少数部分の大きさを意味する。無理数なので、少数表記すると無限に続いてしまうような量であり、当然自然数や整数の商(比)によって表すことができない量である。ただ、問題文により、δの大きさには上限、下限が与えられており、それは

0.645 < δ < 0.646

である。

今度はa/bの方を2+ε,ただし0 < ε < 1、と表すことにする。a/bは有理数だから、εは何らかの自然数m,n によってε=m/nと書くことができる。つまり、

a/b = 2 + ε = 2 + m/n = (2n+m)/n

すなわち、a= 2n+m, b=n, m < n, と表すことができる。

従って、与えられた不等式(1)は、a/b - √7 = m/n - δなので

|ε - δ| < 2/n4 ≦ 1/8

と書き直すことができる。

また、証明すべき式は a/b + √7 = (2+ε) + (2+δ) = 4 + ε + δ、なので|4+ε+δ| < 6となるが、今、ε>0, δ> 0.645>0なのでε+δは正の量。したがって、 不等式は4 + ε + δ < 6と書けて、

ε+δ < 2

を示せばよいことになる。

さらにδ< 0.646なので、ε=m/n < 1〜1.2 あたりの不等式が示せれば、ε+δ< 0.646 +1< 2となって証明終わりというわけだ。

δは√7の少数部分であるから当然1よりは小さい。εは√7の少数部分の有理数近似だから、δと同じ程度の大きさになっていてほしい量。両者共に1以下の正の量だとすれば、その和は2より小さくなるでしょ、というのが上の不等式の意味で、これはある意味当たり前の話だ。

数学の問題としては、「εの近似の精度が(1)で与えられているときに、当たり前のことをきちんと証明してみなさい」ということなんだと思う。大学に入ると、εδ法というのを習って、実数の連続性とか、収束の概念なんかを習う。極限の具体的な計算法を知っているのに、計算などは一切やらず、その手前の話を延々とやっているように感じて、気が遠くなった。ひどいときには、足し算の証明なんかを、アルキメデスの公理から出発して議論したりした。足し算の有効性についての証明が終わった後、「来週は割り算をやります」とか先生が言った瞬間、「小学校か、ここは...」と絶句した記憶がある。

しかし、計算式や公式を鵜呑みにして「当たり前」に計算していたことを改めて考えたりするのは、実は理論研究をやる上で、とても大切なアプローチだ。研究で、誰もやっていないところに進むときは、基礎から固めていかなければならないので、ああいう基礎的な考え方が意外に必要になるのだ。割り算や足し算の本当の意味は、もっと進んだように見える理論で、思いもかけず似たような形で再登場するのかもしれない。残念ながら、多くの学生は、こういう議論の意図がわからず脱落していく。真実を極めるタイプの研究には、こういう基礎的な考察は必須である。

さて、問題に戻るとする。条件式(1)においてε>δになるようにmを調整すると
ε+ δ = (ε-δ)  + 2δだから、

ε+δ < ε-δ + 2×0.646 = ε-δ + 1.292 < 1/8 + 1.292 = 1.417 < 2

となって証明終わり。証明すべき不等式は、実はかなりの「ザル勘定」で上限を抑えていることがわかる。つまり、(1)を満たす√7の有理数近似a/b=(2n+m)/nの精度はそれほどよいというわけではないということだ。

一方で、mの調整がどうしてもうまくいかず、ε < δとなってしまったとする。このときは、ε+δ = |-ε-δ| = |δ-ε-2δ|なので

0 > -δ-ε = (δ-ε) - 2δ > (δ-ε) -2×0.646 > (δ-ε) - 1.292 > -1/8 - 1.292 = -1.417 > -2

となり、同じように証明できた。

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