2019年2月15日金曜日

東大二次試験(2017)問2: ランダムウォーク

ランダムウォークの理論(酔歩理論ともいう)は、物理学のみならず、コンピューターシミュレーションでもよく利用される模型だ。物理学では、アインシュタインが1905年にブラウン運動の解析に利用し、「原子の実在」を決定づけたことでよく知られる。

ただ、ノーベル賞をもらったのは、アインシュタインの理論に基づいて、実験を行なったペランだった。アインシュタインは、いろいろな理由で(たとえば、妬みや経歴など)色々と損をしていると思う。1905年に発表したアインシュタインの論文は、ブラウン運動のみならず、プランクの光量子理論を光電効果に適用し「量子」の実在を証明した論文、そして特殊相対論の論文の3つあり、それぞれが物理学に革命を引き起こしたことで知られる。1905年は「奇跡の年」と言われるくらいだ。アインシュタインがノーベル賞を受賞したのは、光量子に関する2つ目の業績だけで、残りの2つは受賞対象から外された。誰もが感じるのは、これらの論文一つ一つにノーベル賞を授与してもよいのではないか?という疑問だろう。

問題では、デカルト座標を離散化した「格子」の上で、確率的に移動する点の位置を考える。現代物理では「格子」というのは重要な概念だ。というのは、複雑な問題は数値計算で研究する場合が増えているからだ。例えば、Lattice QCD(格子量子色力学)は、強い核力に従うクォークやグルーオンの物理を、格子化した4次元時空で取り扱う数値計算物理だし、強相関物理や磁性体の模型であるイジング模型でも格子は登場する。

格子の上を確率的に運動するのがランダムウォーク模型であるが、こちらはさまざまな身の回りの現象に適用されてきた。最近でも、カオス力学とか、多体問題のシミュレーションに適用されている。

原点から出発した点が6秒後に到達する場所に関する問題だ。(1)ではy=xつまり(m,m)に来る確率、(2)では原点にいる確率を計算させている。色々な解き方があると思うが、私が考えた方法だと、(2)の方が簡単に計算できる。

x方向に1進む事象をm, -1進む事象を-mと表すことにしよう。同様に、y方向に関してもn, -nという事象を導入しよう。6秒全体の事象は、6文字で表すことができるから、○○○○○○となり、○の中には(m,-m,n,-n)のいずれかが入る。6秒経っても原点に留まるということは、±のペアが3つあるということだ。例えば、(m,-m,-n,n,m,-m)は原点にとどまる事象の一つだ。この場合は、mのペアが2つ、nのペアが1つ、という分類となる。
mに着目すると、(i)mのペアが3つの場合、 (ii)mのペアが2つの場合、(iii)mのペアが1つの場合となるが、もう少し丁寧に書くと、
(i)   3 m-pairs + 0 n-pair,
(ii)  2 m-pairs + 1 n-pair
(iii) 1 m-pair   + 2 n-pairs
(iv) 0 n-pair    + 3 n-pairs
となるが、(i),(ii)と(iii),(iv)は、(m,n)の交換によって対応がつくので、(i),(ii)の場合の数を数えて2倍すれば(i)-(iv)の場合の数の総数となる。

(i) 3 m-pairsの場合。6つの○の中に、m,m,m,-m,-m,-mを割り当てる場合の数を計算すればよい。それは明らかに\(\frac{6!}{3!3!}\)で与えられる。

(ii) 2 m-pairs+1 n-pairの場合、6つの○の中にm,m,-m,-m,n,-nを割り当てる場合の数を計算する。まず、6つの○の中に2つのmを入れる場合の数\(\frac{6!}{2!4!}\)を数え、次に残りの4つの○の中に-mを入れる場合の数\(\frac{4!}{2!2!}\)をかけ、最後にn,-n、および-n,nを最後の2つの○に入れるので2倍する。すなわち、
\[
\frac{6!}{2!4!}\cdot \frac{4!}{2!2!}\cdot 2
\]
が求める場合の数となる。

(i)と(ii)は排反事象だから、足し算すると200となる。(m,n)交換の分を考慮して、さらに2倍すると原点に留まる場合の数は400通りとなる。格子点から4つの方向に移動する確率はそれぞれ等しく1/4だから、ある格子点(m,n)に6秒後にいる確率は\((1/4)^6\)となる。したがって、原点に残る確率は
\[
2\left(\frac{6!}{3!3!}+\frac{6!}{2!4!}\cdot\frac{4!}{2!2!}\cdot 2\right)\cdot\left(\frac{1}{4}\right)^6 = 400\cdot \frac{1}{4^6} = \frac{25}{256}
\]
で与えられる。

問(1)に戻ろう。上のやり方を拡張するだけでよい。まずはy=x上で到達できる最遠の地点は(3,3)あるいは(-3,-3)であることはすぐにわかる。したがって、考えるのは(±3,±3),(±2,±2),(±1,±1),(0,0)の7通りであることがわかる。ただ、最初3つのパターンは+/ーの反転に対して対称的な関係にあるから、正の場合だけを数えてから2倍すればよい。

[ケース0] (0,0)の場合。この場合は、すでに(2)で考察した。400通りある。

[ケース3] (3,3)の場合。この場合は(m,n)のペアを3つ使って○を埋めることになる。
したがって、[m,m,m,n,n,n]を6つの○に割り当てる場合の数を計算することになるので、
\[
\frac{6!}{3!3!} =20
\]
となる。

[ケース2] (2,2)の場合。今度は(m,n)のペアを2つ使う。残りは(+,-)ペアになるが、mのペアとnのペアの二種類がある。最初の場合は[m,n,m,n,m,-m] = [m,m,m,n,n,-m]を6つの○に割り当てる場合の数となり、これはm⇄n交換の対称性により、もう一つのペア、つまりn-pairの場合と同じ数になる。したがって、
\[
\frac{6!}{3!3!}\cdot\frac{3!}{2!} \times 2 = 120
\]
を得る。

最後に
[ケース1](1,1)の場合。(m,n)pairは一つだけ。残りは(+,-)ペアとなるが、2 m-pairs, 2 n-pairs, 1m-1n pairsの3通りある。最初の場合は[m,n,m,-m,m,-m] = [m,m,m,-m,-m,n]となる。これは2 n-pairsケースと同じ数になるから、
\[
\frac{6!}{3!3!}\cdot \frac{3!}{2!} \cdot 2 = 120
\]
次に、1m-1n pairsの場合は[m,n,m,-m,n,-n] = [m,m,n,n,-m,-n]であるが、この場合の数は
\[
\frac{6!}{2!4!} \cdot \frac{4!}{2!2!}\cdot 2 = 300
\]
となる。

ケース0-3までの場合の数を足し合わせる(ただし、ケース-1,-2,-3の場合を考慮し、ケース0以外の場合の数は2倍する)と、
\[
400 + 2(20 +120+300) = 1280 = 4^4\cdot 5
\]
を得る。したがって、y=xに留まる確率は
\[
\frac{4^4 \cdot 5}{4^6} = \frac{5}{16}
\]
となる。■

プラスマイナスのペア(対)を考えるというのは、超伝導を記述するBCS理論や、ヘリウム3の超流動を記述するLeggett理論などで導入されている。これらの理論では、電子やフェルミオンのスピンの+/ーに関してのペアを考える(クーパーペアという)。「対相関」、pair correlationというのは、現代物理、特に凝縮系の物理(物性のみならず、原子核や素粒子にも適用される)で非常に重要な役割を果たす。自発的対称性の破れを考案し、ノーベル賞を受賞した南部陽一郎先生の理論は、素粒子(π中間子など)に質量が発生する機構を解明した理論だが、この理論を思いついたきっかけは、対相関を導入し超伝導を記述する方程式と、電子などフェルミオンの相対論的量子力学を記述するディラック方程式が、数理的に類似性を持っていることに気づいたことである。この発見を報告した南部先生の論文を初めて読んだ時、非常に感動したものである。

この問題は東大の入試問題としては非常に簡単だと思うが、対の考えやその他の概念が盛りだくさんに詰め込まれていて、物理を志す者には親近感が湧いてくるはずである。

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