「理論物理学の考え方が楽しめるかどうか」という観点から見ると、今年の東大の数学の問題は面白みがあまりなかった。唯一楽しめたのは、複素数を扱った問題5。座標変換をうまく利用して、一見面倒に見える問題を簡易化して解く、という理論物理における常套手段を存分に使うことができた。
問題5では、x軸上に頂点を持つ「横倒し」になった放物線の方程式\(x=-y^2+\frac{1}{4}\)が、原点からの角度θを用いて\[x=-\frac{1}{2}\frac{\cos\theta}{1-\cos\theta}, \quad y= \frac{1}{2}\frac{\sin\theta}{1-\cos\theta}\]とパラメーター表示できることを学んだ。これはnon-trivialな表現だと思う。ある意味「発見」である。どこかでまた使えるかもしれない。
ちなみに、このパラメータ表現を\(-\pi/2\)だけ回転させたら、\(y=x^2+b\)のパラメータ表示が手に入るだろうか?ちょっと考えてみよう。まず対応する回転行列\(R(-\frac{\pi}{2})\)を計算してみる。\(\sin\frac{\pi}{2}=1, \cos\frac{\pi}{2}=0\)だから、
\[R(-\pi/2)=\left(\begin{array}{cc} 0 & 1 \\ -1 & 0\end{array}\right)\]である。\(x=-y^2+\frac{1}{4}\)上の点(x,y)を回転させて得た点の座標を(x',y')とすると、2つの点は線形変換
\[\left(\begin{array}{c} x' \\ y'\end{array}\right) = R(\pi/2)\left(\begin{array}{c} x \\ y\end{array}\right)\]
によって結ばれている。これを逆に解けば、xとyがx'とy'で記述された表式(具体的にはx=-y', y=x')が手に入り、これをもとの放物線に代入して整理すると、\(y'=x'^2-\frac{1}{4}\)を得る。つまり\(b=-1/4\)だったというわけで、予想通りである。パラメータ表示はしたがって、xとyに対応するものを交換すれば(片方の符号は変えねばならないが)それが、「通常の放物線」のパラメータ表示となるはずだ。すなわち、\(y=x^2-\frac{1}{4}\)のパラメータ表示は\[ x=\frac{1}{2}\frac{\sin\theta}{1-\cos\theta}, \quad y=\frac{1}{2}\frac{\cos\theta}{1-\cos\theta}\]となる。検算して見ると、たしかにこのパラメータ表示は、通常の放物線の方程式に対応していることが確認できる。ここで面白いのは、θが原点の周りの(x軸から測った)角度になっていることである。(放物線の焦点や凖線と呼ばれるものは、この場合はどこにくるか調べて見るのもおもしろいだろう。)この表現は、どこかで役に立つ日がくるだろう。こういうのは、頭の片隅に置いておくと、ある日、大きな発見につながるものである。
ところで、この問題で求めたQ(u)、すなわち円周上の接線P(z)に対し、A(1)と線対称な位置にくる点、の表現が、今年の阪大の問題3とよく似た表現になっている。なぜこんな偶然がおきるかというと、きっとこれは偶然ではなく、両者ともにフーリエ級数を念頭に問題を作っているからではないかと思われる。これに関しては、別の機会に検討してみよう。
東大の問題1では、テイラー展開や極限の考えを適用することができた。2つの極限を、例えば、x=0とx=+∞で考え、その両者の漸近形を中間領域でうまく結ぶ、という考え方は、プランクがその放射公式の導出で利用した、まさに現象論的な考え方である。ボルツマンの「離散化計算の癖」を踏襲した点は見過ごせないが、プランクが量子の概念にたどり着けたのは、この問題で考えたような方法論に従ったからである。問題の難易ではなく、このような観点から問題に向き合うことも、意外に大切なのではないだろうか?
問題2でも、漸近形の考察や現象論的な方法論が重要になった。理論物理では、こういう泥臭いやり方も多様するので、よく練習して習熟しておくとよいと思う。具体例をたくさん計算して、傾向を見抜き、そこから現象論的な法則を導いたり、原理を探ったりする、というこのやり方は、ファインマンが得意としたやり方である。最近、「ファインマン流物理がわかるコツ」という本を最近読み始めたのだが、これは落第寸前のカルテックの学生に向けて行われた補講の講義録である(カルテックのみならず、東大に入っても、かならず一定の割合で落第してしまう学生がいるのは、宇宙の普遍的な真理らしい)。この本の最初で「複雑な関数の微分を簡単に行うやり方」というのを彼は披露しているのだが、その方法は非常に独特で、どうしてそれが正しいか理解するには、実のところ、相当な知識と理解力が要求され、落第寸前の学生には到底わからないだろうと思う。が、彼が「落第寸前の学生を救うために」といいながらも、こういう「新しい計算法」を編み出しては自分が一番楽しんでしまっているのである。「計算を楽しむ」彼の一面(そしてそれは出来の悪い学生には非情である)がよくわかって、思わず笑ってしまったのである。
今年は、軌跡やその類を調べさせる問題がたくさんでた。問題3、4、5、6と、後半の問題はすべて関連している。ただ、問題3で見られたようにパラメータをただ単に消していくだけの問題は(理論物理の観点から見ると)つまらない。せっかくベクトルを持ち出しているのだから、もっと線形代数やベクトル空間の考え方をなぞるような問題にして欲しかった。こういう問題が「ベクトル」だと思われてしまうと、大学で物理学を教える立場からすると、非常に厄介である。高校の指導要領で歪んでしまった「高校生の頭」を、物理を学ぶ「大学生の頭」へと変えるのに、多大な労力が必要となるのである。ある意味、「優秀な」大学1年生ほど、頭がかちこちに固まっていて、そこからなかなか抜け出せず、「落第」していくのである....できるかぎり、高校の段階で、大学で学ぶような「普通の数学的感覚」を教えてあげてほしい。そのためには、東大の数学の問題は、指導要領に基づくのではなくて、出題者自らの研究内容をアレンジして作ってもらいたいのである。
ちなみに、確率の問題が今年は出なかったのは興味深い。量子力学の問題を組み込めたらよいのだが、場合の数の数えあげばかりでは、出題する方も飽きがくるというものである。波動関数がダメなら、ブラウン運動とかどうだろうか?つまり、ランダムウォークである。
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