テイラー展開は大学の物理でよく使う。例えば、gを重力定数、lを振り子の糸の長さとすると、振り子運動を記述する運動方程式は
d2θdt2=−glsinθとなるが、振り子の振角θが微小であるとき(つまり|θ|≪1)、「調和振動子」に近似することができる。調和振動子とは、大雑把にいうと、バネのような復元力による周期運動のことで、力学はもちろん量子力学で重要な役割を果たす。上式の微分方程式で表される調和振動子の解は三角関数となる(後述する)。ちなみに、微小近似が使えないような大きな振幅で運動する場合は、上の微分方程式の解として、三角関数よりも複雑な「楕円関数」というものを導入しなくてはならない。
この「微小振動近似」のときに使う近似が、
sinθ≃θ⋯[A]
というものである。この近似は正弦関数のテイラー展開
sinθ=θ−θ33!+θ55!+⋯ [B]
によって正当化できる(このテイラー展開はθ=0周辺の展開となっているので、マクローリン展開と呼ばれるときもある)。余弦関数のテイラー展開は、上式の両辺を微分することで(形式的に)得ることができて、
cosθ=1−θ22!+θ44!+⋯[C]
となる。
上の式の右辺のような無限和は、べき(冪)級数(すなわち、θの冪関数θnの無限和)と呼ばれる。冪関数よりも複雑な関数、たとえば三角関数や指数関数など、を冪級数で表す(「展開する」という)とき、この級数のことをテイラー展開(あるいはテイラー級数展開)という。
つまり、近似式[A]は、正弦関数をテイラー展開したとき(最初の等号)、θが小さいという条件の下で、3次以上の高次項は、1次の項に比べて無視できるほと小さいと見なせるという意味である。近似式[A]を用いれば、微小振動の場合の振り子の運動方程式は、テイラー展開に基づく近似によって
d2θdt2=−glθ
と近似できる。これが「調和振動子」の運動方程式である。解が三角関数θ(t)=Acos(ωt+δ)であることは、代入してみればすぐにわかる。ただし、A,δは定数であり、ω=√glである。
Taylor展開を行う御利益は、上の例をみても明らかであるが、次の通りである。冪関数ほど解析的に扱いが簡単な関数はないわけで、三角関数や指数関数などの「複雑な」関数の性質を、冪級数で表し、関連する計算や理論を簡易化しようというのである。(sinxがxで近似できたら、問題は劇的に簡易化するのは自明であろう!)こうなると、問題の焦点は展開/級数の収束性に移ってくる。実際、大学に入って解析の講義を受けると、収束判定条件などについて学ぶことになる。
ちなみに、無限に続くこのような和(すなわち級数)で表される関数のことを超越関数(transcendental function)という。つまり、三角関数も指数関数も超越関数である。一方、冪関数の有限和は「多項式」という(高校数学では、なぜか「整式」という)。多項式と超越関数の違いは、有限和と無限和の違いであり、この違いが量子力学で大きな役割を果たす(例えば、1次元調和振動子のエネルギーが量子化され、対応する波動関数がエルミート多項式となるのは、無限和だと思っていたものが、実は有限和でなければならぬという条件、より正確には波動関数が発散せず二乗可積分であるべし、という条件から決まる)。
さて、この問題(問1)で扱うのは次の関数である。
f(x)=xsinx+cosx,(0<x<π)
三角関数のテイラー展開、式[B][C]を代入すると、
f(x)=xx−x33!+⋯+1−x22!+⋯=(1−x23!+⋯)−1+1−x22!+⋯
上の式をつかってlimx→+0f(x)を計算するのは簡単である(答えは2)。これがテイラー展開の強みである。冪級数で表せば、複雑な関数の解析的な性質が簡易化するのである。
上式をさらに「簡易化」するために、g(x)=(1+x)nのテイラー展開を考える。nが整数のときは二項展開が利用できるが、より一般の場合に拡張するのはそれほど難しくない。結論だけまとめると、
g(x)=1+nx+n(n−1)2x2+⋯
となる。
この「二項展開」のテイラー展開を利用して、f(x)のテイラー展開の負べきの部分を近似すると
f(x)=(1+x23!−⋯)+(1−x22!+⋯)
となる。|x|≪1であることを使って、2次関数で近似すると
f(x)≃2+(13!−12!)x2
を得る。これは頂点が(0,2)の、上に凸の放物線である。x→+0の極限が2であることがすぐにわかるし、f(x)の解析的な性質がx=0の周辺でどんな感じになっているか直感的に理解することができる。
今度はx=π周辺のテイラー展開を考える。xの範囲はπまでなのでx=π−ξと置く。ただし0<ξ≪1とする。f(x)はξの関数になるのでf(x)→f(ξ)と書き直すことにする。すなわち、
f(x)=π−ξsin(π−ξ)+cos(π−ξ)=π−ξsinξ−cosξ≡f(ξ)
である。ξについてテイラー展開すると、
f(ξ)=(π−ξ)(ξ−ξ33!+⋯)−1+(1−ξ22!+⋯)
sinξを分母で展開した部分に、二項展開のテイラー展開を適用するために、ξで括りだし、
f(ξ)=(πξ−1)(1−ξ23!+⋯)−1+(1−ξ22!+⋯)≃(πξ−1)(1+ξ23!−⋯)+(1−ξ22!+⋯)
とする。ξは微小量であるから、1と比較して無視できる。したがって、ξ→0の極限において、f(ξ)は双曲線関数
f(ξ)≃πξ
のように振る舞うことがわかる。つまりx→π−0の極限でf(x)は+∞に発散することがわかる。また、f(ξ)の二階微分はf″(ξ)=2ξ−3なので、ξ=+0で正値を取る。つまり、大雑把に言って「下に凸」のグラフとなる。
x=+0付近で上に凸の放物線、x=π−0付近で下に凸の双曲線でよく近似されるf(x)であるから、この2つのグラフをxの中間領域でなめらかに繋ぐには変曲点が少なくとも1つ(より正確には奇数個)は存在しているはずである。とすると、極値点というよりも極小点が一つは存在するだろう、という予想が立つ。f'(x)を計算するとx=π/2に極小点があることがわかる。x=0付近のテイラー展開(放物線)と、x=π付近のテイラー展開(双曲線)とをグラフにプロットすると、次の図のようになる。
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紫色のグラフがオリジナルのf(x)のグラフ。緑色がx=0でテイラー展開した結果の放物線、水色はx=π付近で展開した結果の双曲線。それぞれの点で展開した結果は、それぞれの点の付近でよくオリジナルの関数と一致している。極小点はπ/2=1.57...あたりに発生しているように見え、その付近で2つのグラフは接続している。 |
極値がx=π/2以外では発生しないことを、きちんと証明するには、x>0の領域で、sinx−x<0が常に成り立つことを示す必要があるが、これは簡単にできるのでここでは割愛したい。
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