Aを二次の正方行列とする。列ベクトルx0に対し、列ベクトルx1, x2,....をxn+1=Axn (n=0,1,2,...)によって定める。ある零ベクトルでないx0について、3以上の自然数mで初めてxmがx0と一致する時、行列Amは単位行列であることを示せ。
問題文において、ベクトルの矢印記号がHTMLでは表現できないので、xiのように表している。
この問題は、日本語でごちゃごちゃ書いてあるが、その条件や意味を、如何に的確に式にまとめる事ができるかがポイントになる。まず、与式xn+1=Axnから導けるのが、
(Eq.1) |
次に読み取るべきが、自然数mが3以上だという条件。自然数mは、Amx0→x0に最初になるとき、つまりAによって繰り返し変換されていった点x0が、最初の点に戻るときの変換回数を意味する。それが、3以上であるという。つまり、x1とx2は、どうあがいてもx0と一致できない、という条件だ。これは、「一次独立」という、線形代数でもっとも大事な概念を理解しているかどうかを試されるポイントでもある。
高校の数学で習う行列は2次元の場合が多いが、同じ年の大阪大学の問題には三次元の行列の問題も出題されている。また、大学に入ればn次元ベクトル空間を扱うことになるから、ここでも一般のn次元の場合について考察することにしよう。
まず、ベクトル空間に与えられる演算は、基本的には、足算、ならびにスカラー積(つまり、かけ算の一種)の2つしかないことを確認しておこう。これに、内積とか、外積とか、より高級な演算を付け足していく事で、複雑な体系を考えていくことになる。が、基本は、「足算」と「かけ算」の2つしかない。とはいえ、足し算とは「ベクトルの和」であり、かけ算とはベクトルのスカラー積のことだから、どんな小学生でもできる演算、というわけではない。(中学生ならできる。)
ちなみに、量子力学で必要になるのが、内積が定義された無限次のベクトル空間、すなわちヒルベルト空間と呼ばれるものだ。内積の計算は、量子状態の確率などに関係する量を記述するのに使用する。「足し算」は量子状態の「重ね合わせ」(最近では、entanglement, 量子縺れ、エンタグルメント、などとも呼ばれる)、そしてスカラー積は確率の規格化(つまり100%に統一すること)などに関係してくる。重ね合わせ(足し算)と内積を組み合わせると、波動現象の「干渉現象」などが説明できるようになる。これは「波動力学」と別名を持つ量子力学の基礎中の基礎の概念だ。
n次元のベクトル空間に戻ろう。この空間における独立なベクトルの数はn個だ。2次元では2個、三次元では3個ということになる。2次元、三次元までなら、幾何的にベクトルの「一次独立」の意味を考えることは可能だ。この理解を拡張することで、n次元における「一次独立」を直感的に理解できるようになれば嬉しいのだが、それはかなり難しいだろう。逆に、数式によって定義した方が、n次元空間における一次独立は取り扱いやすい。(しかし、「理解したという実感」を持てず苦労する学生は多いけれど...)
まずは、直感的に扱えるとメリットを最大限に利用して、二次元と三次元空間における「一次独立」の意味を考えてみよう。二次元空間における「ベクトルの1次独立」とは、2つのベクトルが平行でない、ということと同じだ。平行なベクトルは、お互い「一次従属」となる。ベクトルというのは向きが大事であって、その長さはあまり重要ではない、ということでもある。(もちろん、ベクトルの長さが効いてくる問題もあるが、ベクトル空間の性質や、ベクトルの数学的な研究をしていく上では、「方向」の方が、「長さ」よりも、より重要だということ。)量子力学でも、スカラー積や内積を利用して、ベクトルの長さを揃えてしまう。これを「規格化」という。これにより、量子力学における平行なベクトルは、物理的には同じ意味をもつと認識される。
三次元空間では、独立なベクトルは3つになる。3つのベクトルを適当に選んだとき、これらが独立になるためには、平面内にこれらのベクトルが配置されないことが条件になる。
2次元の場合は平行でないこと、三次元の場合は平面内にないこと、となったが、これはつまり、三次元は2次元ではないし、2次元は1次元ではないよ、と意味だ。2次元空間中のベクトルは、2つの位置情報、つまり(x,y)によって、どんなものでも唯一無二(英語では「uniqueに」と表現される)に指定できる。だから、独立なベクトルは2つなのだが、それらが直線上に並んでしまっては、せっかくの二次元空間内で一次元の広がりしか利用しないことになってしまう。こういう場合を「従属」として特別視し、独立な場合と分けて考えるのだ。直感的には、「部分空間に閉じ込められてますよ」ということになる。同様に、三次元空間で、3つのベクトルが平面内に閉じ込められている場合も「従属」になる。せっかくの三次元空間なのに、二次元の情報しか利用していないからだ。3つのベクトルが、きちんと三次元空間を表すためには、それらが「立体的に」配置されている必要がある。それが、「独立」ということの三次元空間における直感的な意味だ。
n次元空間における「一次独立」はどう理解するかというと、それは次のようにする。n個のベクトルが一次独立である必要十分条件は「n個の数(一般には複素数、高校生までなら実数でOK)ci (i=1,2,3, ..., n)に対する『線形結合』が零ベクトルならば、全てのciは0以外の数になることはありえない」というもの。式で書くと、
(Eq.2) |
(Eq.3) |
さて、現在考えているベクトル空間は2次元だから(与えられた正方行列が2次)、2次元のベクトル空間を考えることになる。最初に選んだベクトルは必ず独立になるから、x0を最初の一次独立なベクトルとしてもばちはあたらない。問題なのは、2つ目のベクトルを選んだときに、それが一次独立になるか、それとも一次従属になるかだ。問題ではx1とx2は、x0と異なるベクトルだ、といっているので、これら2つが一次独立なベクトルの候補になるというのは自然な考えだろう。
xmがx0に戻るというのだから、
(Eq.4) |
が成り立つ。Amが単位行列Eでないとすれば、この式は「固有値方程式」に相当する。この場合の固有値は1であり、固有ベクトルがx0。
一般に、n次元の正方行列Xには最大でn個の固有値を持つ(「最大でない」ときは、縮退、つまり固有値に重複が起きるとき。重複を入れたら、n次元の正方行列は必ずn個の固有値をもつ。ただし、この固有値は複素数まで許さないといけない。実数に限ってしまうと、固有値が存在しない場合も出てくる)。一般に固有値方程式は、
(Eq.5) |
今考えているのは、二次元だから固有値は最大で2つあるはずだ。その内の一つはλ=1で、対応する固有ベクトルはx0であることはすでに判明している。ではもう一つはなんだろうか?(Eq.4)の式の両辺にAをかけると、x1に関しても同じ関係が成り立つことがわかる。すなわち、Amx1=x1。この式にまたAをかけると、x2についても同様の関係が成り立つことがわかる。この操作を繰り返せば、結局、自然数k<mに対して、
(Eq.6) |
n次元の問題で、固有値がn重の縮退を見せており、対応するn個の固有ベクトルすべてが互いに一次独立なら、もともとの行列は単位行列に他ならない、ということは案外簡単に証明できる。ここでは、京大の問題に即して、2次元の場合の証明を与えよう。
(続く)
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