2017年5月12日金曜日

複素数と「ゲージ変換」の関係:北大2017問題3への応用

複素数をベクトルのように扱えることを見出し(その1その2)、それを東大2017問題3に適用し、見事な成功を得た。前回の東大では、直線と円の表現をベクトル風にやってうまくいった。

2017年は、あちこちの国立大学で複素平面の問題が出題された。予備校の解説をみると、どれも「難問」というカテゴリーに分類されているようだ。我々がここで見出した「複素数のベクトル風解法」が、その「難問」に対し、いかに効果的か試してみよう!

次の応用として、北大2017問題3を選んでみる。
 まずは(1)を解いてみよう。

条件としてαβ=zとあるが、物理学者としてはこのタイプの条件式はちょっと抵抗がある。というのは、次元があっていないからだ。まずは今回もオイラーの公式により複素数を表そう。すなわち、α=rαeα, β=rβeβ, z=rPePと書く。条件式に代入すると

rαrβei(θαβ)=rPeP

となる。従って、動径部分からはrαrβ=rP、位相部分はei(θαβP)=1という条件が出てくる。動径が「長さ」の物理量を持っているとすれば、動径部分の条件式は左辺が長さの2次、右辺が長さの1次となって、次元が合わない。例えるなら、「いやー、君の耕している水田はとても広いね。東京タワーの高さと同じくらいなんじゃない?」といった感じの表現になろう。通常ならば、右辺に次元を調節するための係数Cがあって、rαrβ=CrPと表すべきである。が、数学者は複素数を「単位のない、単なる複素数」で扱うので、現実の物理量との対応など御構い無しに問題をつくる傾向があるのだろうか。まあ、C=1(長さの単位)と設定してあるものと勝手に考えて、自分を納得させることにしよう。(多分、この問題は物理や物理数学とは無縁の教官の作であろう。)

理論物理学者の能書きはこれぐらいにしておいて、問題に入ろう。複素数の掛け算は、ベクトルの持つ線型性を「破壊する」ので、複素数とベクトルの対応をそのまま利用することができなくなる。もしかするとこの問題は手も足もでないのかもしれない、と最初は考えてしまった。が、ちょっとした考察によって、その問題は回避できることがわかった。その「ちょっとした考察」というのが、我々が最初に考案した「複素数の幾何学的手法」である。

この問題は、結局は三角形OABの図形の問題に過ぎない。したがって、まずは点A, B, Oを幾何学的に定義する。三角形の頂点に関する制限は特にこの問題では指摘されていない。原点の制限があるだけである。頂点の一つを原点に置き、もう一つの頂点をx軸の上においても一般性は失われない。したがって、最後の一つの頂点を一般性の高いところにおけばよいだろう。そこで、x軸上にある頂点をAとし、原点からの距離をrαとする。次に、x軸からの角度をθ、原点からの距離をrβとする点をBとする。つまり点Aと点Bの座標は
A(rα,0)
B(rβcosθ, rβsinθ)
となる。また、外心Pの座標を仮に
P(rPcosθP, rPsinθP)
と書くことにしておこう。

ここまでの状況を複素数⇄ベクトル対応で表現してみよう。
 Aは簡単でα=rαである、Bはオイラーの公式によりβ=rβeとなる。
つぎに、Pが、OAの垂直二等分線上にあることを、ベクトル風に表現してみる。

OAの中点A'に至るベクトル(rα/2,0)に、OAに垂直な単位ベクトル(e)のある実数倍(tとする)を足したもの(もちろんベクトル和)がOPである。しかし、OAに垂直な単位ベクトルというのは、y軸方向の単位ベクトルに他ならない。つまり、

OP = OA' + t ey

である。tの大きさは外心の性質から決まるであろう。これを複素数で表すと

z=α/2 + it = rα/2 + it      .... (1)


となり非常に簡単に表せる。

一方で、PはOBの垂直二等分線としても表せる。ベクトルで表すと

OP = OB/2 + k eB

となる。eBはOBに垂直な方向の単位ベクトルである。これは、複素数では次のように書ける。

z = β/ 2 + k ei(θ-π/2)  =  (rβ/2)e+ k ei(θ-π/2) = e(rβ/2 -ik)  .... (2)

(1)式と(2)式を連立して、kを消去し、tをr, θで表せば, zの表現を完成させることができる。実部と虚部から条件式がひとつずつ得られて、

 となる。これからkを消去すると

を得る。これよりtが求まり、点Pを表す複素数zは
と表される。この関係は「外心」の幾何学的な性質を考慮しても得られるだろう(きっと)。

さて、ここで求めたα、β、zは三角形OABをある特別な座標系の上においたときの表現である。特に、αが、xy平面のx軸上に相当する、 実軸上にあるというのは、「特別な場合」といえる。αをより一般的な表現で表すには、Oを中心として角度φだけ回転させたα'=αeを採用すべきである。同じように、β、zもφだけ回転させたβ'、z'を採用すべきである。

なぜ、このような回転させた複素数を考えるかというと、あたえられた条件αβ=zというのが「非線形」な関係式だからだ。回転変換は「線形演算」だから線形性を保存する。したがって、与えられた条件が「線形条件」であったなら、どんな座標系でα、β、zを表したとしても、その間の線形条件は保存される。しかし、非線形な条件式は、回転変換に対して、形式を変化させてしまうので、どの座標系を選んだかによって表現が変わるのである。

最初に選んだ座標系から、φだけ回転させた座標系ではα'β'=z'が成り立っている。これは、最初の座標系で表すと、αβe=zという関係式に対応することはすぐに確認できる。つまり、与えられた(非線形な)条件式は、位相の分だけ回転の影響を被ってしまうのである。実は、この「非線形」が、最初につらつらと述べた「次元が合わない」ということと関連していて、「掛け算」を含む条件式は、線形変換(回転のこと)に対して不変ではないという困難を暗示していたのである。

ちなみに、複素数の回転は位相因子によって表されるから、「回転変換」と言い表すよりも、 「ゲージ変換」と呼んだ方が適当かもしれない。ゲージ変換は、電磁気や場の理論で出てくる概念である。この問題で与えられた条件は、「非線形」というよりも、「ゲージ不変性を持たない」と言い表した方がいいのかもしれない。

問題に戻ろう。ゲージ変換した条件式αβe=zを実部と虚部に分け、それぞれが等しいという条件を書き出すと、

 となる。問われているのは、Aに関する条件であるから、rβを消去して、rαがどんな形で表されるか調べてみよう。ここで、ちょっと面倒な三角関数の計算が出てくる。本質的なことではないが、解答に至るためには必要な技術なので、すこしだけ丁寧にやってみよう。まずは素直にrβを代入した結果が、
である。右辺の第二項が、左辺の構造と似ているし、rαを含んでいるからまとめることができる。実行すると、
 を得る。ここで、左辺の三角関数部分の計算を行うが、うまくやらないと解答が出てこないので注意を払う必要がある。とはいえ、実際やるのは通分を用いた簡単な分数計算である。ちなみに、正接の足し算といえば、三角測量が思い浮かぶ。(この問題ではcotになっているが、通分して計算するのはtan+tanでもtan+cotでも同じことである。)古代ギリシア人が月までの距離を三角測量で測定した時など、このtan+tanタイプの公式が出てくる。この計算では最後に、加法定理を使ってまとめるのがポイントだ。細かく式を追ってみると、次のようになる。

 よくみると、この式の分母と、一つ前の方程式の右辺の分母が同じものである。これを払うと、rαに対する条件式、rαcosφ= 1/2 が手にはいる。ちなみに、両辺を2倍して2rαcosφ= 1と書くと、左辺はα'の実部の2倍である。これはα'+α'*と等しいから、求めるαに対する条件式は

α'+α'* = 1

となり、これが答えとなる。

次に、αの軌跡であるが、rαは定数で、φが変数なのでφが動いたときにαがどのように移動するか調べることになる。x= rαcosφ= 1/2は定数、またy=rαsinφ= (1/2)tanφは、原点を通る、傾きa=tanφの直線(y=ax)上の、x=1/2におけるy座標である。したがって、奇跡はx=1/2を通過し、x軸に垂直な直線である。


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